FLY! FLY HIGH!!










飛行機と食事とホテルとたまに観光地を淡々とアップするブログにおこしいただきありがとうございます。
当ブログの写真・文章の転載はご遠慮ください(法的に認められた引用を除く)。

 鵜住居であの時おきた「釜石の出来事(釜石の悲劇)」と「釜石の出来事(釜石の奇跡)」。


今回の舞台

 岩手県南東部に位置する釜石市は、東北有数の重工業都市であった。この地は近代製鉄発祥の地であり、日本で3番目に鉄道が敷設されるなど、かつては製鉄の街として栄え、最盛期には人口9万人を超えた。その後の製鉄需要の低迷による製鉄所の縮小や、東日本大震災による津波被害により人口は流出し、現在では3万人強となっている。ラグビー実業団チームである新日鐵釜石は日本選手権7連覇を達成し、そこで釜石の名を記憶している人も多いだろう。
DSC07171
 釜石駅から三陸鉄道リアス線に2駅乗ると鵜住居(うのすまい)駅に着く。ここは震災による津波によって大きな被害を受け、街そのものが壊滅的な被害を受けたところである。この三陸鉄道も元々はJR山田線だったが、津波の被害からの復旧の過程で移管されたものだ。
DSC03755
 2019年に開催されたラグビーワールドカップでは、ラグビーの街であることから東北地方唯一の試合会場として「釜石鵜住居復興スタジアム」で試合が行われた。2試合行われる予定であったが、残念ながら1試合は台風による水害で中止となってしまった。
DSC07152
 今回取り上げる震災遺構(というより震災伝承施設)はこの鵜住居にあり、そして震災で発生した2つの対照的な話の舞台である。


いのちをつなぐ未来館

 釜石市内には震災遺構と呼ばれるような津波による被害を受けた施設は残っていない。
 釜石市は保存という議論をしないままに、とにかく残っていた建物を全て取り壊してしまった。あるのは訪れるのが不便な場所にあって、被災当時のまま放置されている建物だけである。
DSC07163
 それではマズいので、震災の出来事や教訓とすべきことを伝えるとともに災害から未来の命を守るための防災学習を推進する施設として「いのちをつなぐ未来館」を鵜住居駅前に設置した。
DSC03758
 館内は大きく3つのパートに分かれている。
 まず一つ目は釜石市において震災が発生してから1週間の動きをまとめた展示である。混乱状況の中どのような対応をしていたのか、特に釜石市役所は地下を除き市役所自体の浸水は免れたものの周り全てが浸水し、瓦礫で埋まった中でどのように活動していったのかまとめられている。


釜石の出来事(釜石の悲劇)

 残りの2つのパートは震災で発生した2つの対照的な出来事のことである。
 そのうちのひとつがこれから述べる「釜石市鵜住居地区防災センター」で発生した出来事だ。
DSC03760
 この施設には釜石市鵜住居地区生活応援センター(市役所出張所・公民館)、釜石消防署鵜住居出張所、釜石市消防団第6分団第1部消防屯所が入っており、主に行政窓口、生涯学習の場、消防関係施設の役割を担う施設であった。
 「防災」と入っているがそれは災害時には避難民の収容施設として使われることを意図したものである。しかし実態としては建設財源確保のため、(起債することが認められやすく充当率を高めやすい)防災施設名目での起債をする必要があった、あるいは国の補助金を獲得するため、「防災」という言葉を入れざる得なかったのではないかと思われる。なお、国の補助金は実際には獲得できなかった。こういった状況であったため、建物を3階建て以上にすることや屋上への避難階段など津波避難対策設備は経費削減の名の下設置されなかった。
 このような経緯の上で、震災の1年前となる2010年2月に「釜石市鵜住居地区防災センター」は開所した。この施設は、県が作成した津波浸水予測図では浸水区域には入っていないものの過去の明治三陸地震津波の浸水域にギリギリ含まれるため、津波被害の一次避難場所ではないが洪水・土砂災害の一次避難場所であり、津波被害を含む中長期的な拠点避難場所という位置づけとなった。
 この防災センターのわかりづらい機能については住民説明会においても説明がなされていたが、住民が理解したかどうかは別問題である。実際に地域防災計画においても「津波避難場所」「一次避難場所」「拠点避難所」「避難者収容施設」などの類似した言葉が並んでおり、住民がそれぞれの違いを認識するのは困難であったと思われる。
DSC03761
 この施設の開所後の平成22年2月28日、チリ地震による津波警報(大津波)が岩手県沿岸に発令された。その際に住民がこの施設に避難してきている。また、その後地域の避難訓練においても避難場所としてこの場所が設定された。避難訓練の避難場所として、この場所が使われた理由は、自主防災組織である町内会が高齢者や体が不自由な人への配慮、津波避難場所は屋外であるため寒さへの苦情を減らし、防災訓練への参加率向上を狙ったものであった。その際に、本来津波の場合の避難場所はここではないことについて個人的に話す者はいても、市としては積極的な告知を行っていなかった。東日本大震災が発生する8日前の平成23年3月3日においても津波避難訓練が行われ、101名が参加しこの場所に集まっている。住民の多くはこの場所を避難先だと認識していた可能性が高い。
 そして、平成23年3月11日、東日本大震災が発生する。
 鵜住居の街は津波にのみ込まれた。
 「鵜住居地区防災センター」に避難した人々がいて、その多くの人々が2階屋上近くまで達した津波にのみ込まれた。避難した人々の数は、正確にはわからないが「確実にこの場所に避難していない人を除いた人数」で推計したところ241名としている。このうち助かった人数は34名。
 (実際にはもう少し少ないと思われるが)200名をこえる多くの人がこの場所で亡くなった。財政難においても老朽化した施設を新しくするためにひねり出した言葉は、当初の思いとは関係なく転がり出して、最終的には多くの犠牲者をだすことになった。

 その後、一部の遺族と「市はセンターが避難場所ではないと周知する義務を怠った」として、損害賠償を求める裁判が行われた。結果、盛岡地裁では遺族敗訴、仙台高裁では和解となり市が責任を認め、和解金約49万円を支払うこととなった。この和解金は裁判にかかった印紙代相当額となっている。


釜石の出来事(釜石の奇跡)

 一方で全く逆の出来事もあった。この施設ではそれも紹介されている。
 釜石の子どもたちは地震発生後、自身の判断で避難することにより、その多くの子どもが助かることができた。その要因は釜石市の小学校・中学校において、片田敏孝群馬大学教授(当時・現東京大学特任教授)の監修のもと、毎年5~10時間程度の防災教育や避難訓練に取り組んできたことである。
 海に近い市内中心部の釜石小学校では震災の日は短縮授業で児童は下校していた。下校してそれぞれが自宅で街でおのおのが過ごしていたが、震災直後に全員が「それぞれ」「各自の判断で」高台に避難し、難を逃れることができている。
DSC03763
 そして、この鵜住居でも同様の話がある。
 ラグビーワールドカップ会場となった釜石市鵜住居復興スタジアムは、津波で被災した鵜住居小学校と釜石東中学校の跡地に建っている。震災当日、地震が発生直後に中学生は校庭に集まっていたが先生の「なにやってるんだ!早く逃げろ」の指示に従って高台に向かって逃げることとした。校庭で練習していた中学校のサッカー部員は隣の小学校に避難を促し、訓練で決まっていた800mほど離れた避難場所まで走った。その過程で近隣の高齢者にも避難を促して、率先避難者として中学生たちは避難した。その後中学生たちは小学生や保育園児、高齢者など手を取り合って、迫る津波を見てさらに高台へ高台へ逃げることとなる。最終的には峠のトンネル間近まで逃げ、その後開通したばかりの三陸自動車道を使用して避難所まで移動することができた。
 これらの中学生たちが自主的に率先して避難することによって、多くの命が助かった出来事は「釜石の奇跡」として日本全国に広まった。

 震災から2年後、釜石市役所では「釜石の奇跡」という言葉は使用せず、これらの出来事は「釜石の出来事」を使用するという決定をする。この決定を不思議に思う人がいるかもしれない。しかし、当事者はこの出来事を奇跡と呼ばれることが不思議であったのだ。
 「釜石の奇跡」ではなく「釜石の出来事」とする理由は大きく分けて三つある。
 その一つは、「釜石の出来事」は日頃から防災教育や避難訓練を行ってきたことによって達成した「奇跡でも何でもない当然の成果」であるからだ。これらの出来事は「当たり前」なのである。そして、それは釜石だけではなく岩手県内において学校管理下における児童生徒に1人も犠牲者が出ていないことからも、そもそも奇跡でもなければ釜石だけの出来事でもないということである。このような出来事は大なり小なりそれぞれの学校でもあった。
 もう一つは、学校管理下に置いて1人も犠牲者が出ていないとはいえ学校管理外の場で児童生徒が5人亡くなっているということ、教職員が3人亡くなっているということ、そしてその1人は「釜石の出来事」の舞台となる釜石東中学校の事務職員であったからである。そのほかにも多くの方がこの街で亡くなっているところで「奇跡」と呼ばれるのは、はばかられるということもあるだろう。
 そして、最後に、本人たちがそういわれることを希望していないことである。この出来事は本人たちだけで成し遂げられたものではなく、日頃の教育・学校の先生・消防団の人々・地域の住民など多くの人々の助けがあったおかげであることを本人たちは知っている。だからこそ、本人たちは奇跡の当事者として祭り上げられることに違和感を感じたのだ。

 この「いのちをつなぐ未来館」では、全く対照的な出来事がこの地で起きたことを私たちに教えてくれた。この施設にはこの「釜石の出来事」を経験した語り部がいる。語り部については有料だがWEB予約して案内してもらうこともできるので、訪れた際にはぜひ直接話を聞いてほしい。


釜石祈りのパーク

 鵜住居駅前には他にも大きな公共施設がいくつかある。
 そのうちの一つが釜石祈りのパークである。
DSC07157
 ここは釜石市の東日本大震災犠牲者慰霊追悼施設となっている。
DSC07160
 造成された小高い丘に囲まれるように、慰霊碑がある。見たくない人が見なくて済むように、目隠しのために丘が作られている。この慰霊碑には震災で亡くなられた方1,064名の内、了承した999名の芳名を記した芳名板が設置されている。この芳名板は当初五十音順で並べられていた。しかし、亡くなった家族の名前をバラバラに配置せず、隣り合わせに並べて欲しいという要望が多く、設置から1年後に芳名板を並び替えた。
 写真右上に見える黒い碑は津波の高さを示している。この地での津波の高さは11m。この高さの海水の塊が鵜住居の街を襲った。
DSC07161
 「釜石市防災市民憲章 命を守る」の碑もある。
 釜石市防災市民憲章同憲章制定市民会議により原案が作られ、平成31年3月11日に制定された防災市民憲章は震災に対する重要な教訓が含まれている。

釜石市防災市民憲章 命を守る

釜石市は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の大津波により、千人を超える尊い命を喪った。その悲しみが、癒えることは決してない。
しかし、古来より、先人たちが、度重なる災害や戦災をたくましく乗り越えてきたように、今、私たちは、ふるさと復興への途を歩み続けている。
自然は恵みをもたらし、ときには奪う。
海、山川と共に生き、その豊かさを享受してきたこの地で安全に暮らし続けていくためには、また起こるであろうあらゆる災害に対し、多くの教訓を生かしていかなければならない。
未来の命を守るために、私たちは、後世に継承する市民総意の誓いをここに掲げる。

備える
災害は ときと場所を選ばない
避難訓練が 命を守る

逃げる
何度でも ひとりでも 安全な場所に いちはやく
その勇気は ほかの命も救う

戻らない
一度逃げたら 戻らない 戻らせない
その決断が 命をつなぐ

語り継ぐ
子どもたちに 自然と共に在るすべての人に
災害から学んだ生き抜く知恵を 語り継ぐ 

私たちは生きる。
かけがえのないふるさと釜石に、共に生きる。

 事前に「備える」、地震が起きたら「逃げる」「戻らない」、そして震災の出来事を「語り継ぐ」ことが1つでも多くの命を救うことになる。この言葉は釜石市民だけでなくて、全ての日本の海沿いに住む人々が心に刻む必要があるものである。
 この教訓は震災時この地で起きた二つの「釜石の出来事」が大きく影響している。そして、この釜石祈りのパークは「釜石の悲劇」の場所となった鵜住居地区防災センターの跡地に建てられている。この場所だからこそ慰霊碑を建てることになったのだ。


どこで生死を分けたのか実感させられる施設

 行政が作った震災伝承施設は、どうしても総論を述べることになりがちで、個々の事例を掘り下げた展示がなされることはあまりない。それは地域に一つという施設で、そういった生還した話や逆に亡くなられた話というのはたくさんありすぎて取り上げにくいのだろうと思う。
 そういう意味では、「釜石の出来事(釜石の奇跡)」として取り上げられたこと、「釜石の悲劇」として後々裁判にまで発展したこと、注目を集めた対照的な出来事だったからこそ、それにスポットをあてた施設を作ることができたのであろうと思われる。その結果、どこで生死を分けたのか、展示だけではあるけれどイヤというほど実感させてくれる施設であった。
 これら出来事を、我々は忘れてはならない。これらの出来事から得られる教訓を、我々は忘れてはならない。自らが率先避難者として避難すること、それを周囲に促すこと、そうすることによって救われる命は必ずある。何回避難しても津波が来なかったとしても、何回も何回も率先して避難して臆病と言われても、それでも避難するべきなのだ。
mixiチェック

 1年ぶりのエアドゥで北海道。
 北海道の翼(失笑)で北へ行くよ。


欠航だらけの羽田

 さて、羽田のT2。
DSC05777
 コロナによる欠航便が多数。
 1年前にエアドゥ乗ったときも厳しいなって思ったけど、1年たってあんまり良くはならなかった。
DSC05778
 とはいっても、プレミアムチェックインは結構混んでるのね。
 まぁ、連休なのでそこそこ人がいた羽田だね。便少ないけど。


朝日を浴びて搭乗

 さて、今回はエアドゥ発売のチケットなのでラウンジは使えない。
 特にすることもないしギリギリなのでそのまま搭乗。
DSC05779
 搭乗ゲートは最果ての最果て55番。
DSC05780
 本日の機材、おはよーございます。
DSC05782
 さ、太陽が昇ってまいりました。
 朝一番は千歳に向かうぜ!


エアドゥの生え抜き機材JA01HD

 今回の機材はANA転籍機じゃなくてエアドゥの生え抜き機材JA01HD。
 このあとちょっとしたらロズウェルにドナドナされていったよ。
DSC05783
 なので座席が古い。
DSC05784
 古い。
 でも、座り心地は悪くない。
DSC05787
 ブラウン管もいつまであるんだろうか。
DSC05785
 んじゃちょっくら行ってきますかね。


機内サービス

 さて、機内誌。まだあった。
DSC05786
 みんな大好きラーメン。
 特に読みどころナシ。昔、エアドゥの機内誌のルートマップに滑走路ごとの飛行ルート載ってたよね?
DSC05796
 ホタテ紙コップで提供されたスープ。エアドゥのスープはおいしいよね。
DSC05791
 結構日が高くなってきたぜ。まぶしい。


着陸~

 さぁて、北国へやってきたよ。
DSC05802
 いいねぇ。雪だ。
DSC05812
 この日は天気が良くて無事に着陸。


快速エアポートで西へ

 さて、新千歳空港からは快速エアポート。
DSC05813
 指定席取ってみたらガラガラだった。
 この指定席3月から840円になるんだよねぇ。結構いい値段になるよね。グリーン車だって言われたら納得すると思うけど、普通車指定席と言われるとなんか違う感じがするモヤモヤ感。
DSC05816
 飛行機降りてからは一気に天気が悪くなってきた。
DSC05818
 さぁ、今回はこのきっぷで乗り倒すぞー!!
mixiチェック

 津波への備えはあったけれど。


今回は正直地味な遺構

 震災遺構が各地に整備されてきて、正直派手な物と地味な物がある。
 今回紹介するのは正直言って地味である。地味であるけれど、そこには大きな教訓がある。
 場所は久慈と宮古のほぼ中間に位置する岩手県田野畑村。ここには明戸海岸という観光地があった。海岸とそれに付随してキャンプ場や野球場などが設置されており、さけの孵化場もあった。
DSC09911
 私が行ったときには静かな海だけがあった。津波で建物を、人々を、全てを飲み込んだとは思えない、静かな静かな海だった。


ズタズタに破壊された防潮堤

 明戸海岸にある9mの高さがあった防潮堤は震災による津波によって破壊され、津波はさらに背後の集落に向かって進んでいった。さけの孵化場もキャンプ場も野球場も飲み込んで津波はさらに奥にあった明戸の集落まで襲った。最大遡上高は25.5m。最大遡上高とはその海抜の高さまで津波が来たということであり、津波の高さとは違う。あくまで勢いで陸地を遡っていくため、陸地が高くなれば津波も高くなるということである。この時の津波の高さは推定17.1m。高さ9mの防潮堤をあっさりと越えた。
 ここからわかることは「津波の高さ6mだから海抜6m以上の場所にいれば平気」ということにはならないということだ。最大遡上高は25.5mなのだから、そこまで津波は上がってくる。もちろん頑丈な高さのある建物に避難できるならいいが、そうでなければとにかく海から遠くに逃げることだ。「海から離れること」と「なるべく高い建物や場所に逃げること」が重要である。
DSC09915
 この地にはその破壊された防潮堤の一部が保存されている。
DSC09920
 頑丈なコンクリートの防潮堤がズタズタに破壊されているのがわかるだろうか。
DSC09925
 自然の災害の前で人工物は無力である。
DSC09927
 元々あった防潮堤も少し残っていた。この断面からどれだけの高さの防潮堤があったのかがわかる。


津波は大きな物も運ぶ

 そして、津波は防潮堤を破壊するだけでなく、大きな物を運んでくる。
DSC09924
 これは明戸海岸の海中に設置されていた波消しブロックである。
DSC09921
 牡蠣の殻が付いていることからわかるとおり、これらは海中にあったものである。
 沖合200mと場所から8tもする物が流されてきたのだ。もちろんこれらは単独で置いてあったわけではない。積まれていたのだ。多数積まれていた物が流されて来たのである。


そして新しい防潮堤が作られた

 新しい防潮堤が元々の防潮堤よりも海岸から離れた位置に設置された。
DSC09912
 新しい防潮堤の高さは12m。震災前の防潮堤の高さは9mだったので、3m高くなっている。
 一方で東日本大震災に津波の高さは推定約17.1mである。もし、東日本大震災と同じレベルの津波が発生したときにはこの防潮堤では役に立たない。しかし、この高さの防潮堤を作ることは現実的ではない。東日本大震災レベルの防潮堤を全て整備することは莫大な費用がかかるからだ。それでも、以前よりも高くすることで、津波を完全に防ぐ確率が高まり、越えた津波の勢いを減らすことができる。そして、その背後にも防潮堤以外の津波を防ぐ二重三重の仕組みが備えられている。それは遡上高を下げる、浸水区域を少なくすることに役立つのだ。
mixiチェック

 帰りもJ-AIRでクラスJ!


雪がどんどん積もる

 さて、そろそろ帰宅。
 雪は一日降り続いている。久々の雪道運転だったので、神経が疲れた。
DSC05556
 というわけで戻ってきたよ、山形空港に。
 レンタカー返して、とりあえず探険!
DSC05557
 展望デッキに行こうとしたが、非常に勇気が必要な通路だった。
DSC05558
 展望デッキも通路分だけ除雪されているけど、最低限のみ。
DSC05559
 空港のネーミングはちゃんとしたものにしないかい?だんだんヤバいのが増えてきた気がする。
DSC05562
 航空事故が発生したときのためだけど、名目はお天気カメラも各社設置。
DSC05563
 除雪車はいつでも除雪できるように待機中だった。
 正直、ヤバいかなーって思って山形新幹線の最終の時間を調べる。
DSC05564
 こちらは一本前の伊丹行き。


寒いので館内探険

 とりあえず館内探険へ。
DSC05568
 どこもコロナで閉店。
 さすがに、ただでさえ乗客が少ないのに辛い。
DSC05569
 結局店はやってなかったんだったかな。


再び展望デッキ

 さっきの伊丹便がようやく出発。
DSC05571
 雪は積もってるけど、伊丹便が出て一安心。羽田便も飛ぶかな。
DSC05574
 いってらっしゃーい。
DSC05577
 そしてその直後に今度は羽田便になる機材が到着。
DSC05581
 よかったー。これでよほどの事態じゃない限り飛ぶだろう。


搭乗

 さて、保安検査受けますかね。
DSC05583
 いよいよ搭乗。
 なんか字が小さくて見にくい。
DSC05584
 座席はもちろんクラスJアップグレード。
DSC05586
 融雪剤をめっちゃかけられた。もうびちょびちょ(あたりまえ)。


着陸

 なんか飛んでるときの写真がなくて、たぶん何も無かったんだと思う。
DSC05591
 最初は24番ゲートに到着って言っていたのに結局沖止め。
DSC05592
 バスはきっちり待機中。
DSC05594
 まぁ、沖止めだとこんな写真撮れるし、歩く距離も短いからそれはそれでいっか。
mixiチェック

 こういうのをね、絶品というんだよ。


ジンギスカンを食べに行く

 さて、ランチを食べよう。
DSC05539
 わざわざマニアックな道を選んで走っていたのでよく通行止めにあう。
DSC05544
 この木の間を通り抜けて着いたところには……
DSC05548
 ログハウスがあった。
 ここが今日の目的地、「ひつじや」さん。


絶品ジンギスカン屋「ひつじや」

 今日来た「ひつじや」さんは、自家飼育したサフォーク種ヒツジを使って、ジンギスカンを提供してくれるお店。
 一週間で一頭のヒツジを使い切るように調整しながら提供しているので、客数にも限りがあり、予約必須。この日は雪がかなり降っていたのでそれでたまたまキャンセルが出て滑り込むことができた。
DSC05547
 まぁ、メニュー見ると「おぉう……いい値段」と思ってしまったりするが、勇気を振り絞って注文しよう。
 頼んだのは「ひつじやスペシャルジンギスカン1人前」2,750円。
PXL_20201220_035136023.PORTRAIT
 もさっと野菜がきた。
 あんまり見たことない野菜もいる。
PXL_20201220_035139506.PORTRAIT
 あとはお漬物。いぶりがっこがうまい。
PXL_20201220_035349916.PORTRAIT
 そしてお肉登場!
 いや、あの、見たことないですよって感じの断面のヤツがいる!


こういうのを絶品っていうんだよ!

 さて、焼きます。
PXL_20201220_035448484.PORTRAIT
 ここのジンギスカンは野菜を全面に載っけて、その上で蒸し焼きにするスタイル。
 肉が新鮮なので、レア~ミディアムぐらいで訳のはOK。
PXL_20201220_035756287.PORTRAIT
 たべちゃうぞー。
 これね、マジでうまいのよ。マジ絶品。
 絶品の乱発が昨今話題だけど、こういう店にこそ絶品って使うんだよ!
 肉質がものすごい良いし、野菜もうまいの。
 正直これは4人ぐらいで行きたいし、コースにすれば良かったと後悔。
 ここは最高のジンギスカンだと思うので、もうちょっと人を連れてきて色々食べてみたい。できれば一週間前に予約必須なフルコースを食べてみたいよねぇ。
mixiチェック

 雪がどっさり温泉に泊まる。


アメダス全国2位の積雪量

 今夜の宿は肘折温泉。
 私が一番大好きな温泉。泉質といい雰囲気といい、大好きだ。
 そしてこの温泉は雪が多い。アメダスで全国2位の積雪量を誇る(1位は酸ヶ湯温泉)。もっともアメダスがなくて雪がもっと多い温泉はあると思うんだけど、とにかく公式記録では2位。
DSC05493
 こんな温泉地。この狭い路地みたいなのがメインストリートで路線バスも走る。
 雪が降る季節はどの旅館も温泉を道に流して融雪するので道路に温泉成分がこびりついてる。


久々に肘折散歩

 特に用事がある旅ではないので久々に肘折を散歩してみる。
DSC05501
 狭い上に冬はこの先行き止まりなので車の運転は神経使うぜ。
DSC05505
 もう暗い上に雪まみれで見にくいけどコレが橋。
DSC05506
 川の中州にもどっさりと雪が積もってる。


雪が降っていないので雪下ろし

 この朝は雪が降っていなかった。
DSC05514
 これ、そろそろ雪下ろししないと危ないんじゃないですかね。
DSC05517
 こちらは雪下ろし中。雪を下ろしたはいいけど、このあとどうするんだろ。除雪車でも来るんだろうか。
DSC05523
 こちらは旧肘折郵便局。味がある良い建物だねぇ。
 肘折温泉はやっぱり雪の季節に来るのがいいね。どっさりとした雪に囲まれた場所で温泉に入るのがいいね。雪以外の季節では朝市があったりするので、それはそれでたのしいんだけどね。


肘折からの脱出

 さて、出発しよう。
DSC05528
 肘折からの出入りはこのループ橋を使う。
 この橋は2012年春に県道が土砂崩れにより通行止めになってしまい、迂回路は大型車が入れない上に、冬期通行止めになってしまうのでその年の冬までに突貫工事で仮設橋を建築。その後、次の春に本設に作り直したものである。肘折の冬はこの道を通らないと外に出られないのでとにかく時間との勝負の突貫工事だったという。この橋のおかげで以前よりもスムーズに肘折には入れるようになったのよね。
DSC05529
 肘折から脱出したところもなかなかの雪。
 電話ボックスにむちゃくちゃ雪積もってるけど平気なのか?
DSC04393
 2018年2月に来たときは雪の重さで電話ボックス破壊されてたけどな。
DSC05533
 さぁ、また吹雪いてきた。雪の中を走るよ~。
mixiチェック

 雪の月山道路を走ってみたかった。


雪降る月山道路を越える

 一回、雪の季節に月山道路を走ってみたかった。
 月山道路は山形と鶴岡を結ぶルート上にあり、この区間だけ山形自動車道が途切れていて、(一応)高規格道路となる月山道路によって結ばれている。が、夏でも調子に乗ると事故る危険な道路なので走ってた楽しい(おい)。
DSC05484
 まぁ、そんな月山道路を走るにあたってレンタカーで来たのは2WDのヴィッツだけどな!
 フツー東北だったら4WDが標準だべよ。今まで冬に東北北海道でレンタカー借りて4WDじゃなかったのって初めてだよ。でも越えちゃうよ。
DSC05487
 いやー、なかなかいい経験をしたよ。決して興味本位で走らない方がいいね。
 走行中、結構雪が降ってきて道路上が新雪だったので、そこそこ雪がタイヤにかんで滑らずに済んだ。
PXL_20201219_025352802
 鶴岡に着くと晴れ間が見えた。
 「ママクリーニング小野寺よ」を見ると庄内地方に来た感がある。鶴岡本社で秋田から新潟にかけて猛威を振るうクリーニング店チェーン。


鶴岡ではやっぱり肉屋食堂

 さて、お昼ご飯を食べよう。
DSC05491
 やってきたのは鶴岡市内の肉屋食堂。以前も取り上げたね。
 名前の通り、肉屋がやっている食堂。ここがなかなかうまい。
DSC05488
 メニューはこんな感じ。
 いやー、こんなにあると迷っちゃう。でも、食べるのはステーキ丼とハンバーガーだ。


ステーキ丼

 さて、食券買って席に座って食券渡してしばし待つ。
PXL_20201219_032204563.PORTRAIT
 着丼。
 このステーキ丼1,000円なんだけど、お値段以上。
 肉がめっちゃ柔らかいし、火の通り加減もばっちり。そしてバター醤油味のソースがたまんねー。
 これはうまいよ。でも、インスタ映え狙うならローストビーフ丼の方がいいよ。


でもやっぱりハンバーガー

 でもね、やっぱりハンバーガーも食べちゃう。
PXL_20201219_034255989.PORTRAIT
 いやぁ、このハンバーガーがうめぇんだわ。
 このハンバーガーのスゴいところは、何も特別なところが無いのよ(もちろん素材は良い)。それぞれがそれぞれの仕事をきっちりしてるだけなのね。その結果がとてもうまい。シンプルな味なのに、いやだからこそうまい。
 以前来たときと全く同じ物食べているが、仕方がない。だっておいしいんだもの。


今度は最上川を東へ!

 さて、おなかいっぱいになったので、出発。
PXL_20201219_055136081
 今度は最上川に沿って東へ行くよ。
 なかなか吹雪いてるぜ!
mixiチェック

 1年半前と同じ便同じ機材で。


おひさしぶりぶりのJ-AIR

 今回はJGCボーナス5,000マイルを刈り取るために、有償で乗る。
DSC05435
 おひさしぶりのJALのカウンター。、
 JALに乗るのは5ヶ月ぶりかぁ。羽田のカウンターも色々変わっているね。
DSC05436
 おっきい飛行機がたくさん(っていってもA350だけど)。
DSC05439
 でも今日乗るのは羽田で一番小さい飛行機。


搭乗

 さて、搭乗すっぺ。
DSC05438
 ゲートは24番から。
 機材は偶然にも1年半前に乗った同じ便と同じ機材。
DSC05441
 今回はクラスJにアップグレードしたのだ。
 エンブラエルについてるクラスJは座り心地が素晴らしいの。
 ANAのプレミアムクラスよりもいいかもしれない。
 なのでエンブラエルにクラスJがついていたらなるべくアップグレードするようにしてる。


離陸

 乗客は満席にはならない程度。
DSC05445
 では行ってきまーす。北行きなのでC滑走路から。
DSC05448
 大井埠頭から都心を眺めて離陸。
 ガントリークレーンがたくさんあるなぁ。
 岩手県には釜石港に一つしかないけど(しかも震災復興支援でもらった大阪からの中古品)。
DSC05459
 このルートも都心がよく見えるねぇ。
 容積率が目でわかって面白い。


着陸

 しばらく雲に遮られて次に地面が見えたときには雪国だった。
DSC05465
 もしやこれは山形名物のタワーマンション。
DSC05469
 山形駅前。こうみるとそれなりに都会のように見える。
DSC05471
 いよいよおいしい山形空港に着陸。
DSC05474
 空港の近辺だけ晴れ間が見えてた。


空港からはレンタカーでGO!

 というわけで無事にトラブルもなく山形空港に到着。
DSC05478
 ここからはレンタカーで走り回るよん。
DSC05479
 途中で「もしもしピエロ」みたいな名前のコインランドリーを見つけてしまった。
 みんな知ってるよね?「もしもしピエロ岸和田店からお送りしました~」的な。
mixiチェック

 帰りは下地島発羽田行初便!


さて、宮古島を色々回った

 まぁ、なんだ記事になりにくいから省略だ。
DSC05240
 宮古島まもるくんもマスクをしてた。
DSC05280
 ファミマで色々買い込んだ。
 (沖縄のファミマは商品が本土とかなり違うけど、宮古島や石垣島は本島ともちょっと違う)


下地島空港探険~手荷物検査前

 それでは初めての空港なので探険しよう!
DSC05241
 平屋の空港って羽田便が飛んでる空港では唯一かな?
DSC05247
 まずは見取り図チェック。
 ちなみにタクシー乗り場とバス乗り場は右下を右方向にしばらく進んだ先にあって遠い。
 一方でレンタカーブースは国内線到着口でてすぐの所。公共交通機関が結構遠いよねぇ。
DSC05250
 チェックインカウンターのあたり。
 実際の高さはともかくとして天井は高く見える作りになっている。
 ドアはすべて全開になっていて風が通り抜ける仕組み。これ暑い時期でも平気なのかな。
DSC05242
 手荷物検査前の店舗コーナー。
 コンセプトはリゾートなので、お値段お高め。LCCの客層と合うのかしら。


保安検査後

 保安検査を通り抜けて搭乗待合室へ。
DSC05247
 もう一度案内図を再掲するけど、国内線と国際線は共通の保安検査場を抜けると、また商業ゾーンに入る。国際線はここからさらにもう一度保安検査を受ける必要がある。ちょっとこれだるいなって感じがするよね。まぁ、シンガポールとかクアラルンプールとかゲート前に再度保安検査があることを考えれば2回受ける空港というのは普通にあるけれど。
DSC05254
 水の上に浮かんでいるような感じがするように設計されている。これお掃除大変だと思うんだけど、今後もしっかりやっていけるかしら。
DSC05258
 というわけで商業ゾーンへ。
DSC05259
 外気を取り入れるかのように開放感がある設計。室内を通り抜ける風が心地よい(真夏だとどうなるかだけど)。ただ、飲み物の自販機はないので、店舗で買うしかない。正直、かったるいので目立たないように自販機があるといいんじゃないかなぁ。
DSC05261
 外に出ると飛行機が見えるエリア。
 この空港では搭乗客以外が飛行機を見ることができる展望デッキのような場所はない。
 この芝生エリアも開放的でいいね。
DSC05262
 さて、今日乗る予定の飛行機が那覇からやってきた。
DSC05265
 丁度夕陽と重なった。
DSC05275
 ゲート前は寝そべる人が多数。うーん、どうなの、それ。


搭乗

 さて、搭乗。
DSC05274
 前日時点ではそれなりに空席があったようだが、直前ではド満席。
 ゲートを通るとき「JTAからの振替の方はお申し出くださ~い」なんて声かけがあった。
 どうもJTAの宮古便が欠航になったかで振替客が多かったようだ。スカイマークにしてみれば、ライバルからの予期せぬご祝儀ゲットだね。
DSC05281
 ゲートをくぐってちょっとした庭園を通り抜ける。ついつい雨だと大変そうだなとか思ってしまう。
DSC05284
 行きと同じくボーディングブリッジはないのでてくてく歩いて搭乗。
DSC05294
 新しい座席の機材だね。
DSC05298
 帰りにもらった記念品をチェック。
DSC05295
 帰りのフライトタグはちゃんと「First Flight from Shimojishima」になってる!
 芸が細かいぞスカイマーク。


離陸

 さて、離陸。
DSC05299
 離陸する頃にはあたりは真っ暗だ。
DSC05304
 ド満座席で窓側に幽閉されて羽田へ。
DSC05310
 帰りはキットカットとマスクがもらえたよ!


着陸

 2時間耐えて(ほとんど寝てた)羽田へ。
 沖縄本島から羽田まで洋上一直線ルートだった。
DSC05316
 A滑走路に着陸。
 便数が減っているせいか、スムーズにルート取れて速い速い。
DSC05317
 というわけで着きましたよと。
DSC05318
 羽田側の表示は「宮古(下地島)」なのね。
DSC05320
 到着ゲートの表示も同じだったので、これで統一されているっぽい。


リゾート全振り空港いいぞ!

 さて、初めて下地島空港使ったけど、いいね!
 宮古空港があるのに下地島の空港なんていらねぇだろとか思ってた。
 宮古空港があるからこそのリゾート全振りなターミナルには参った。
 これは、リゾートの空港って意味では正解だね!
mixiチェック

 行ったことない空港シリーズ。スカイマーク就航初便で乗り込む。


とりあえず那覇空港探険

 まぁ、本題の話は後に回すとして余談の話。
 久々の那覇空港で時間があるので、探険することに下。
DSC05040
 まずびっくりなのがサンカクマートが閉まってたことだよね。
DSC05041
 一時閉店らしいけど、その後どうなったんだろ。
DSC05042
 とりあえず欲しいものは購入。沖縄ファミマのこの2つを買っておけば良い。
 某所の高いポー玉とか買わなくていいよ。
DSC05045
 展望デッキにも行ってみた。
DSC05047
 那覇って鹿児島より台北の方が近いんだね。
DSC05051
 ANAの着陸が見えた!


下地島就航初便に乗る!

 さて、今日はスカイマークが下地島に就航する日。
 しかも下地島着陸初便に乗っちゃうぜ!
DSC05043
 那覇空港に表示された下地島行き。この表示が出るのは何年ぶりなんだろうか。
 旅客取扱再開当初はジェットスターの成田便と香港エクスプレスの香港便だけだったよね?
 那覇空港から出るのは相当お久しぶりなはず。
DSC05054
 先ほど羽田から到着したゲートに戻ると、なにやら色々と準備がされていた。
DSC05056
 さぁ搭乗開始だよ!


就航記念品もらった

 さて、さっきの機材と一緒かなーって思ったら……
DSC05055
 違ったぜ!(これだけじゃわからんけど)
DSC05057
 宮古多良間の袋に入った記念品をもらう。
DSC05065
 色々入ってた。タグがうれしいね。
DSC05064
 スカイマークのロゴ入りタグの裏側は「First Flight to Shimojijima」
 いいねー。


離陸

 今回のお座席は非常口。当日見たら奇跡的に窓側が開いていたのでゲット!
DSC05059
 座席が違うから朝の羽田便到着と同じゲートだけど違う機材であることがわかる。
DSC05068
 機内は満席ではないけど、そこそこ埋まってる雰囲気。
DSC05074
 スカイマークの皆さんがお見送り。行ってきまーす。
DSC05076
 元々の滑走路から北向きに離陸!


あっというまに着陸

 飛行時間は30分ぐらい。時間がないぜ。
DSC05080
 キットカットは配られたよ。
DSC05084
 さぁ、宮古島のさきっちょを横切って下地島へ。
DSC05086
 滑走路の上空を一旦過ぎてからターンして着陸態勢へ。
DSC05091
 うっひょー!この海岸は確かに下地島。南側からのアプローチ。
DSC05092
 着陸!
DSC05097
 おおー!消防車が待機してるぜ!
DSC05101
 水ぶっかけられる。就航初日の名物だね。なんでかしらんけど。


いよいよ下地島空港に降り立つ!

 さぁ降機しよう。
DSC05104
 下地島にはボーディングブリッジがないので階段を降りる。
DSC05105
 スタッフたくさんでお出迎えだぁ。
DSC05110
 歓迎ボードを持ったお兄さんもいたよ。


テンション上がる到着口までの道

 さて、到着口へ移動。
DSC05113
 いいねぇ。いいねぇ。この南国気分上がる感じ。雨降ったら大変そうだけど。
DSC05118
 公園をお散歩するような感じで到着口へ。
DSC05119
 これすげぇな。観光客に全フリな空港だよね。
 正直、宮古空港があって橋でつながってるのに、下地島空港いらねぇだろとか思ってた。
 でも、ここまで観光客向けにリゾート空港作っちゃうと、観光客からしたらテンション爆上げだね。
DSC05122
 まもるくんもマスクしてるぜ!市長選の打ち上げでクラスター発生してたけど。


到着口でもお土産もらった

 さて、到着口をでると、今度は観光協会の人々がお出迎え。
DSC05126
 なんかいるぞ。
DSC05127
 新型コロナウィルスに関する注意と携帯用アルコールスプレーもらった。


まとめ

 アクセスはレンタカー中心に考えられていて、到着口でてからレンタカーカウンターまでがめっちゃ近い。車の置き場もめっちゃ近い。その一方でアクセスバス乗り場が結構離れちゃってる。まぁ、現実にはみんなレンタカー使うから問題ないんだろうね。
 いやー、ここまでリゾート感前面に出した空港って日本にはここ以外にないので、とってもいいと思う。
 でも、あくまでこれは空港の一部だけの話。まだまだ序の口だったのでした。
mixiチェック

↑このページのトップヘ