FLY! FLY HIGH!!








飛行機と食事とホテルとたまに観光地を淡々とアップするブログにおこしいただきありがとうございます。
2012年、うっかり修行してしまい、80回JALとその仲間達に搭乗することによってJGP達成!
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タグ:日本

 しばらく鉄道から遠ざかっていたので、鉄分補給。
 まずは俺の(オタク的な意味で)転落人生になった阪急電車から。


北急・モノレール京都おでかけきっぷ

 今回は一日動き回るために北急・モノレール京都おでかけきっぷを購入。このきっぷは大阪モノレール、北大阪急行、阪急宝塚線以東が乗り放題。この日は京都に行きたかったのと、どうせモノレール乗るんだしというところで買ってみる。


まずは阪急

 大阪空港から阪急京都線の駅までモノレール乗ってもいいんだけど、せっかくなので蛍池から阪急宝塚線で十三へ。
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 なんか雑誌とかで載りそうな写真が撮れた(言い過ぎ)。
 その後、京都線で桂へ。今、京都線の特急ってずいぶん停車するのね。
 昔は京阪間十三出たら大宮までノンストップだったと思うけど、今は淡路、茨木市、高槻市、長岡天神、桂にも止まるようになってる。その代わりに大宮は通過。JRの新快速が強すぎてもう京阪直通需要は諦めたってことなのかな。現在、最速42分。新快速が29分。大阪側の位置は同じだけど京都側の位置は阪急が有利なんだけどなぁ。京都の中心部も移りつつあるのかも。
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 次は阪急嵐山線。初めての乗車。
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 阪急らしい車内。
 6300系が懐かしいね。小さい頃、俺はこの電車の模型を手から離さなかったらしいよ。
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 嵐山線って複線分の用地が確保されてるのね。戦時中に剥がされてそのままって感じかしら。


京都鉄道博物館へ

 梅小路蒸気機関車館が閉館する直前に行って以来。
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 0系新幹線だね。
 やはり新幹線というのを作ったというのはすごいこと。
 これを昭和39年に作ったっていうのがね。黒部ダムもそうなんだけどすごいぜ昭和30年代。
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 屋外展示車両に103系があった。
 先頭車両の車番表示とかを消してあるのはわかるんだけど、もうちょっと原型に復元できなかったものかしら。んー、どの時点での状態で保存するのかっていうのはあるんだけど、中途半端な感じがなぁ。原型って言っても戸袋窓を復元するのは無理だしなぁ。
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 トワイライトエクスプレスもいるね。
 結局一度も乗らなかったなぁ。夜行寝台乗ったことあるのは北斗星とエルム、あけぼの、北陸、サンライズ瀬戸ぐらいか。今はサンライズしか残ってないな。

 中に入るとこいつがいた。
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 新幹線で一番かっこいいデザインをしていたと思う。
 乗ってみたかったなぁ。JR東海に最終的に乗り入れ拒否られてしまった不遇の車両(座席数が他の車両と違うことが理由)。まさかこだまでずっと走るとは思っていなかったよ。
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 世界初の昼夜兼用特急電車。特急なのにボックスシートという(ある意味)画期的な車両。ボックスシートは×だけど、シートピッチは広かったなぁ。コレに乗ったのは2回だけだな。きたぐにに乗った時と東日本大震災で福島~仙台間の新幹線リレー号で使われていたとき。
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 485系のボンネット型は急行能登で乗ったかなぁ。


旧・梅小路蒸気機関車館

 梅小路蒸気機関車館はそのままの状態で残ってた。
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 ただ、鉄道博物館側の屋上から見られるようになったので上から見下ろすことができるようになって良くなったね。
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 C62-2がこの日は動いてた。
 C62って運転士からすれば良い機関車ではなかったらしいけど、やっぱり日本最大の蒸気機関車だし、銀河鉄道999だし、って思うと一番好きな蒸気機関車。
 んーやっぱ本線で走ってもらえないだろうか。整備して走れる可能性があるのはJR北海道のC62-3なんだよなぁ。JR東日本がうちで復活させたいってお願いしたらしいけど、断られたらしい。やはり大型蒸気機関車は幹線を走ってなんぼだと思うので、是非復活できるようにしてもらいたい。


鉄分補給完了!

 いやぁ、非常に濃い鉄分補給したぜ!
 書いてて思い出に耽ってるんるんだったけど、読者置いてけぼりだぜ!

 鉄道マニアにとって注目する路線の一つに名鉄築港線がある。
 色々と注目すべきポイント満載の路線で、初めて乗ってみた。

○駅の中に別の駅の改札がある。
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 名鉄築港線は大江駅と東名古屋港駅の一駅間だけ。
 なので、始発の大江駅の中に終点東名古屋港駅の改札がある。何を言ってるか分からないかもしれないけれど、専用ホームから乗る客は全て東名古屋港駅で降りるわけで(あるいはその逆)、ここで東名古屋港駅まで(から)の運賃を収受しちゃえば合理化が図れるという方式。この方法は他のこういった路線でも行われていて、東武大師線西新井駅やJR西日本和田岬線兵庫駅がある。

○電車が朝晩しか運転されない
 東名古屋港周辺には住居がほとんどない。利用者は朝晩の通勤客のみ。
 なので、運転も朝晩のみ。昼間時はホントに運転しない。
 他にこんな運転方法をしているのはJR西日本和田岬線とJR東日本鶴見線安善~大川間。どっちも工業地帯の中を走っている。

○名鉄でも新しい方の車両が使われているのに行先表示板使用
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 写真見てもらえば分かると思うけれど、LEDの表示ができるのに、何故か行先表示板を使用している。なんで?これ、なんで??別に「東名古屋港」って追加するのたいしたことないでしょ。なんで窓の中に板を表示して行先を示してるの?方向幕だったら取り替えなきゃいけないから分からなくもないけれど……。
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 ちなみに応急処置とかそういうことではなく、ちゃんと板を掛けるためのフックも常設である。なんでこんなことをするのかホントに意味不明。表示内容を書き換えるだけですむはずなのに。これ、急ブレーキとか掛けたときに鉄の板がガラスに当たって割れたりしないんだろうか。いや、しないからやってるんだと思うけど。

○閉塞方法が非自動閉塞であるスタフ閉塞
 名鉄では新しい車両で運転しているのに、閉塞方法(正面衝突や追突をしないようにする安全装置)が未だに戦前(というより鉄道が最初期)から使われている古い方式だったりする。
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 運転席にある輪っかに三角と下に棒がくっついているのがスタフと呼ばれる通行手形。三角(第3種)以外にも四角(第2種)や円(第1種)、楕円(第4種)とか形がある。これがないと大江~東名古屋港間を走ることができない。この通行手形があれば走れるわけで、非常に昔から使われている正面衝突を防ぐ方式。確かに確実なのだけど、それなりに都会の新しい車両との組み合わせが不思議。
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 ホームにも第3種(三角)が大江~東名古屋港間のスタフの形であることを表示している。
 似たような方式を使っている(タブレット閉塞)ところはそれなりに田舎の路線であったりするけれど、昔からの棒状のスタフを使っているのは津軽鉄道とここだけ(他はタブレット代用だったと思う)。

○直角ダイヤモンドクロッシングがある
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 営業線で路線同士が平面上で直角で交差するところ。昔路面電車ではたくさんあったけれど、そもそも路面電車自体がどんどんなくなっていたこともあって、今じゃ風前の灯火。ここの他にはとさでん(路面電車同士)と伊予鉄道(普通鉄道と路面電車)があるだけ。しかもここのは名古屋臨海鉄道と名鉄の交差なので違う会社同士の路線かつ普通鉄道同士の交差は全国でもここだけ。

 というわけで長々と書いてきましたが、マニアにはよだれが出る路線な訳です。はい。
 あとは、運転は運転資格をもった駅員がやってるとか色々あるけれど省略。
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 というわけでマニアな電車を楽しんできたのでした。

 名古屋のキャラが濃い飛行機好きな人々とイタリアンの食事を楽しんで、次の日は鉄活動。
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 まずはガイドウェイバスを見に行った。
 いつも思うのだけれど、ガイドウェイバスのメリットってあんまり分からないのよねー。
 強いて言えば運転がラクっていうのと、タイヤの接地面が限定されるからそこの部分だけ舗装すれば良いってところかな。でもそのために、色々と申請があったり、特殊車両を投入する必要があったり、運転士も無軌条電車の免許の申請が必要だったり。これぐらいの幅合ったらただのバス専用高架道路でもいいんじゃないかって思うんだよね。
 基本的には設備が大きい割にメリットが少ないような印象。無人運転ができればまた別なんだろうけど。動力が高架区間は電気で走るとか。
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 その後はあおなみ線に乗ってリニア鉄道館へ。あおなみ線って貨物列車も走るんだねー。そりゃそうか、貨物線を転換したんだし。
 JR貨物が第3セクター鉄道走るのって新幹線転換系を除くとここぐらい?愛知環状鉄道とか今は走ってないよね?
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 というわけでやってきました、リニア鉄道館。
 まずはC62がお出迎え。
 かっこいいよねぇ。
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 O系新幹線もいた。
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 特別に運転席も見学できた。
 昭和30年代にこれを作って走ったっていうのは本当にすごいよね。
 でも、新幹線はあんまり好きじゃないので、退散。
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 これこれ!こういうのがキュンとくる。
 関西急電(新快速の前身)のこの車両。モハ52。流線型デザインで、この当時としては画期的なデザインの車両。戦前は京都大阪神戸を爆走し、戦後は阪和線で爆走、その後飯田線で長いこと余生を送っていた。
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 モハ63。戦時形の超節約設計。節約しすぎた結果、安全性が犠牲となって、桜木町事故でかなりの人々を蒸し焼きにしてしまった車両。今の20m4ドアという通勤形車両はこの形式からスタート。いいねぇ。三鷹というサボ(行先板)がシブイ。モハ63はこれが名古屋とかになってたら幻滅してた。中京圏走ってないし。
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 ちょっと世代が新しくなって165系。うん、やっぱり急行東海だよね。私の世代では大垣夜行と早朝夜間の静岡行き普通電車が思い出。廃止になる前は静岡までグリーン車に乗ったなぁ。
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 顔としてのパーツはほとんど同じなのに塗り分けでイメージががらっと変わる。こちらは111系。東海道線でおなじみだったよね(最終的にほぼ同じデザインの113系だったけど)。貫通状態の時の運転席の処理が後期形と違って、たまに東海道線東京口8号車に封じ込められているやつがこの形だったなぁと懐かしい。
 行き先表示が東京になっているのがいいね。
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 モハ12。こいつも飯田線でずっと走ってたね。最後の方は畳を敷いてお座敷列車になっていたので、昔パソコン通信の仲間で貸し切って中で宴会した覚えがあるなぁ。
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 この日は旧型客車内部が人数限定で特別に見学できるというので参加してみた。
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 味があるねぇ。旧型客車は物心ついた頃にはもう和田岬線でしか走ってなかったなぁ。
 大阪に行けるようになった頃にはもう和田岬線でも走ってなかった。
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 こちらも見学できた。ブルートレインになる前の寝台車。
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 今、開放式の寝台列車ってなくなってしまったよねぇ。最後に開放式の寝台車に乗ったのは臨時寝台のエルムだったかな。その後は個室ばっかり乗ってたから。
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 他にも数多くの車両がいっぱい。
 なかなか楽しかったよ。

 次は京都鉄道博物館に行かなきゃ。

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